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2018年1月

2018-01-31

『健康という病』五木寛之

五木寛之さんの『健康という病』を読んだ。

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タイトルから想像できるように、どちらかというと、アンチ近代医療の内容である。

冒頭は次のように始まる。

私は自分の健康に関しては、かなり無頓着なほうだ。無頓着というより非常識といった方がいいかもしれない。
私はこれまで健康診断とか検査とかいうものを、戦後70年一度も受けたことがなかった。また、歯科以外の病院を訪れたのは、今年の春が初体験である。左脚が痛くなって、やむをえずレントゲンを撮ってもらったのだ。

70年間検診も検査も受けたことがなく、この度初めて病院を訪れたというのだ。すでに80を超えている人が初めて病院のお世話になったとおっしゃっているのが驚かされる。

最近、私自身、「病院に行かないのが一番の健康法なのではないか」となんとなく思い始めていただけに、興味を持って読み進めた。

その中で、なるほど、と共感を覚えた意見をいくつか。

■人間は標準値で生きているわけではない
「メタボ」の基準が、体重が、胸囲がなどと決められていて少しでもはみ出ると病人扱いされる。だけど、人はそれぞれ違う。歳を取ればそれなりに衰えてくるし、外で動き回ることが多い人もいれば、座って過ごすことが多い人もいる。血圧もしかりだ。
五木さんは、こういう結果に一喜一憂するのではなく、常に自分の体と対話して「養生」することが大切と思っているとおっしゃる。その通りだと思う。

■健康情報とどう付き合うか
このところ週刊誌をにぎわす健康情報、テレビで流れる健康情報。また、それらに対してまったく反対のことを主張されることもある。新聞やテレビでは健康食品・サプリメントの大々的な広告。それほど医療が信じられないのだろうか。でも病院に行くとあふれんばかりの患者さんがいる。
ここでも五木さんは、「何が健康かは人それぞれ」とおっしゃっている。その通りだ。私の意見も入るが、基本は自分の治癒力をどれだけ大切に活かせるかということだと思う。「治療」ではなく「養生」が大事と言う。

■養生するか病院頼みか
世の中には脚や腰の痛みで苦しんでいる人たちが無数にいる。治療すれば治るのであればこんな状況にはならないはずだ。民間の治療院なども町にたくさんある。でも治らない。
五木さんは体は「治す」のでなく「治める」のがいいとおっしゃる。正しく自分の体と向き合って、不調を感じたら養生してなるべく自分で「治める」ようにしようということだ。

「とらわれない」というのがこの本で書かれているキーワードであると感じた。それを健康リテラシーの基本として体と付き合っていけたらいいと思う。

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2018-01-26

観測的宇宙論入門を受講

gaccoというオンラインサービスがある。大学教授陣による講義をWeb上で無料で受けることができる。いわばオープンカレッジの無料オンライン版だ。

昨年から利用し始めているが、これまでに囲碁入門、Javaプログラミング、ICTスキルなどを受講してきた。

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講義は動画で受講し、必要によりテキストや教材などをダウンロード利用できる。

そして、現在受講しているのが「観測的宇宙論入門」。法政大学の岡村定矩教授による講義だ。これが非常におもしろい。

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1回あたり10分前後の講義が6回で1週。計4週の予定なので、毎日1講義を見ていくと1か月楽しめる。

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第2回講義では国立天文台のフリーソフト「Mitaka」を使って、地球から遠ざかっていく視点を体感した。

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第3回講義では銀河系の構成をどら焼きに例えた話から始まり、とてもきれいな星雲の望遠鏡写真を紹介した。
清少納言の枕草子で「星はすばる」と書かれている「すばる」。藤原定家の明月記で明るく輝く星として出てくる「かに星雲」が超新星爆発の残骸で、今も膨張し続けている。などの興味深い話題が続く。

外は大寒波到来で、強い風とともに雪が吹きすさんでいるが、私は温かい極み庵で宇宙の旅に思いを馳せよう!

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2018-01-22

電子ピアノ調整作業

現在使っている電子ピアノはKAWAIのCA67という機種で、3年前ほどから使っています。
このピアノは木製鍵盤を使っていて、アコースティックピアノの打鍵感覚に近づけているのが大きな特徴になっています。

おおむね満足して使ってきたのですが、当初から気になっていたことがありました。特定のキーの音が周りのキーと同じ力で打鍵しても大きな音というかブリリアントな音というか強く響いてしまうキーがあるのです。今まではちょっと不自然に思いつつもタッチを調整しながら音のバランスをとってきました。

最近、昔弾いた曲をもう一度練習しているのですが、やはり「ちょっとおかしいんじゃないか」と思い始め、KAWAIのサポートに相談してみました。購入当初からということであれば鍵盤やセンサーの状態に問題があるかもしれないので、実際に技術者が見てみるということになり、本日出張していただいてみていただきました。

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88本の鍵盤をすべて取り外し、フェルトの交換とセンサーの交換を実施。

すると、今までが嘘のように素直なバランスで音が鳴るようになりました!
こんなことならもっと早く見てもらえばよかった。

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2018-01-18

古事記:編纂者太安麻呂の人物像と高天原成立の真相

見附市学びの駅ふぁみりあでシリーズ開催されている「古代日本史講座」。今年も1月18日から5回シリーズで始まった。
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古事記、日本書紀、続日本紀、懐風藻、萬葉集という奈良時代を代表する5つの文献をたどりながら、従来の通説にない隠された謎にせまっていく。

今回のシリーズは、毎回内容をブログ上に記録していくことを目標に参加している。

まず、今回は第1回「古事記:編纂者太安麻呂の人物像と高天原成立の真相」。

■古事記を観る視点

  • 古事記が世に出たのは712年。一般的には710年に平城京遷都が行われたと言われているが、続日本紀の記述によると710年に遷都を始めたと書いてある。さらに平城京の大極殿の発掘により大極殿が完成したのはもっと後年になってからということが判明している。したがって、古事記が編纂されたのは平城京に移る前の藤原京だったのかもしれない。
  • 古事記の原本は現存していない。その内容は何種類かの写本によって伝わっている。現在では江戸時代の本居宣長が記した「新刻古事記(訂正古訓古事記)」がもっぱら引用されているが、これは本居宣長の解釈がダイレクトに表出されたものになっている。
  • 現存する一番古い写本は1371年に写本されたとされる「真福寺本古事記」である。古事記の本来の姿が最も残っているものと思われ、本講座ではこれを「原典」として解析を進めていく。

※訂正古訓古事記を読んで、その解釈内容が意に添わず、先生は本居宣長に悪い印象を持っていた。しかし松坂にある本居宣長記念館を見学して、その仕事ぶりを知り、人間としての本居宣長を高く評価するようになったということだ。

【資料】古事記を観る視点
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※現代では「口語訳古事記」(三浦祐之)が広く読まれている。しかし、これも首をかしげるような解釈が随所に見られ、先生は高くかっていないということ。

■古事記の編纂者、太安麻呂

  • 太安麻呂(おおのやすまろ)は実在の人物ではないとの説があったが、奈良の畑から墓が発掘され、太安麻呂の墓誌が発見され、その説は消えていった。
  • 安麻呂の「安」は古代では「仕える」という意味があり、「麻呂に仕える」という意味の名前と解釈できる。「麻呂」とは編纂当時左大臣だった石上麻呂(いそのかみまろ)のことを指すと思われる事実が文献を検索することにより見えてくる。
  • 当時の歴史を表した続日本紀を「太安麻呂」で検索すると初めて登場するのが704年正月であり、石上麻呂が右大臣についたのをはじめ、長屋王など、石上政権の重要な人事が行われたときで、そこに太安麻呂が初めて記録に登場する。内容は正六位下から從五位下に階位が昇進し、貴族の仲間入りを果たしたということ。これだけ見てもトップの石上麻呂とのつながりを感じる。
  • ちなみに、「安麻呂」で続日本紀を検索すると全部で71回登場するが、700年から740年に60回ほど集中し、あとはぱらぱらなのが分かる。石上麻呂政権の時代に「麻呂」に仕えるという「安麻呂」名の官僚が多く活躍したというのは決して偶然ではない。
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  • 官僚だけでなく当時の美濃地方の戸籍にも「安麻呂」はたくさん登場していることから、庶民の間でも「麻呂に仕える」ブームがあったと思われる。

【資料】太安万侶が、石動神社を創建!
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  • 日本海側に非常に多く存在する石動(いするぎ)神社。能登にある石動山の古縁起には、養老元年3月3日に「太朝大師」が石動山に登ったと記されている。養老元年3月3日とは石上麻呂が亡くなった日であり、「太朝」とは太朝臣と解釈できる。つまり太安万侶が石動神社を創建したのではないか。
  • これらの人名や神社名、日付などは単なる偶然の一致とは考えずらい。

■「高天原」とは

  • 古事記の冒頭に次の記述がある

    地初發之時於高原成神名之御中主神」

    これには「天」という字が3回出てきている。さらにこれに続いて次のような注意書きが記されている。

    【訓高下天云阿麻下效此】

    口語的に言うと「高」の下の「天」は「阿麻」と発音する、ということだ。「阿麻」とはアマなので「高天原」はタカアマハラと読めということ。
    しかり、現代ではタカマガハラとかタマノハラと読んでいる。これは本居宣長がそういう読みをつけたからだけど、原文の注記を無視していることになる。
    ※この割注について題材にして、『古事記を「読む」』という記事を書いた。
  • 「高天原」の本当の意味は字そのものから見えてくる。
    まず「天」は中臣(ナカトミ)を表すと歌の世界では解釈されている。中臣とは藤原不比等を指す。不比等の父は大化の改新で有名な中臣鎌足。この時代政権のNo.2にいた不比等が中臣を代表する存在だったはずだ。
    次に「天」を除いた「高原」だが、古事記、日本書紀、萬葉集などには登場せず、唯一続日本紀に790年の出来事として「大連(おおむらじ)韓國」という姓を「高原」に改めるという出来事として登場している。「韓國」は日本書紀、続日本紀に数多く登場するが、石上麻呂の若い頃にちなんだ姓と考えられる。また関東の下野には「高原」という地名があり、物部の大連を祖とする一族がいた。左大臣石上麻呂も大連の子孫であることから「高原=石上麻呂」と示唆できる。
  • つまり「高天原」という言葉は石上麻呂と藤原不比等のツートップ政権を意味していると解釈する。
  • また、日本書紀第三十巻に

    高天原廣野姫天皇【持統天皇】

    という記述がある。持統天皇の戒名が「高天原廣野姫天皇」であるという記述。
    持統天皇というと麻呂&不比等時代の天皇。これもこの説を裏付ける。

【資料】根本的な誤読から生まれた様々な高天原諸説。
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  • 「高天の原の謎」(安本美典著)では「高天原」に関する様々な論説を紹介している。様々な論説を通読し、それらの誤謬を知るためには最適な書籍。
  • 大きく分けて地上説、天上説、作為説の3つ。地上説には国内説と国外説さらに分かれる。
  • しかし、「高天原」が最初に記された古事記、日本書紀に関する記述がほとんどなく本末転倒な研究書とも言える。

■感想

 太安麻呂という人物、および高天原という言葉の意味を通して古事記を眺めたひと時だった。私は中でも石動神社創建に関する考察に興味がわいた。偶然とは思われない人名や日付の一致は本当に石上麻呂と太安麻呂にまつわるのだろうか。

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2018-01-15

今日の断捨離

私の日課表に「今日の断捨離」という項目がある。毎日必ず一つは何かを手放そうということだ。新しい家に住むまでの過程でいろいろと生活をシンプルにしてきたこともあり、もともと家の中にはモノ自体が少ないとは思うのだが、それでも「今日の断捨離」を続けている。

毎日行っていて気づいたことがある。

「今日は何を手放そうかな」と思い身の回りをあれこれと物色していく。例えば本棚の前に行き「もう一生読まないと思う本はないかな」とか、書類棚をひとつひとつ開けてみて、単なるごみとして引き出しにしまわれているものはないかなとか、冷蔵庫を開けてみて、無意味に冷凍したりいつか食べようと思って賞味期限がとっくに切れたものなどはないかなとか。

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これらの行動で「この本はここに飾っておいてもしょうがないからAmazonで売ろう」とか「5年前の確定申告書類か、もうあってもしょうがないから過去3年を残しておいて古いものは処分しよう」とか、「お土産で買ってきたこのジャム、いつの間にか古くなっている」とか判断して処分することになる。

しかし、例えば「こんな本を買っておいたんだっけ、気になるな」と気が付いて当日から読み始めたり、「USBメモリ、こんなところに隠れていた」と気が付いたり、時には引き出しの封筒に現金が入れっぱなしなのに気が付いたりしたこともある。

つまり、断捨離しようと思うと、家の中、身の回りをあれこれと観察する必要があるのだが、目的の「捨てる」に至らなくても、今まで隠れていたものにスポットが当たって、そのモノがまた価値を発揮し始めるきっかけになることが多い。これは本当にうれしい。

「今日の断捨離」という習慣は、将来何かとてつもなく大きな結果を作ってくれるような気がする。

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2018-01-14

アルカディア少年少女合唱団『新春コンサート』

年末のアルカディア音楽祭で聴いたアルカディア少年少女合唱団。その合唱団の新春コンサートがアルカディア小ホールで開かれた。

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<アンサンブル>---------------------------------------
空高く
With You Smile
大切なもの
旅立ちの時
ハナミズキ
<合唱ミュージカルファンタジー>--------------------------
「天使になりたかった狸」より
 ポンポココンコン化け比べ
 出雲から来た白うさぎ
 けなげな狸
 ああ神様
 遠いはずの星さえ
 愛
<アンコール>-----------------------------------------
スキー
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小学3年生から高校2年生までの20名ほどのメンバー。男の子は2人であとは女の子。
相変わらずすがすがしい声を聴かせてくれた。一番良かったのはアンコールの「スキー」かな。アルカディア音楽祭の時にも歌ったけど、このメンバーにぴったりだ。

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2018-01-08

六本木サテンドール

六本木にサテンドールというジャズライブハウスがある。

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本日、以下のような案内メールが届いた。

この度、株式会社ルグランが経営する「サテンドール」は、株式会社ブレーン(代表取締役 近藤雅信)に経営を引き継ぐことになりましたことをご報告申し上げます。

1974年神戸北野町にオープンしたサテンドールは、故井上修一オーナーによってこれまで一流ミュージシャン(サラ・ボーン、メル・トーメ、カーメン・マクレイ、ロン・カーター、 フレディー・ハバード、MJQ、マッコイ・ターナーetc.が多数出演するジャズレストランとして43年間運営を続けてまいりました。これまで永きにわたりご愛顧賜りましたこと心より御礼申し上げます。

ブレーン近藤代表は、故井上オーナーの遺志を引き継ぎ、まずは「サテンドール50周年」に向けて共に手を取り合って歩んでいこうとの思いをスタッフに伝え、ブレーンが運営するミュージックレストラン「ラドンナ原宿」や映像スタジオのノウハウを活かし、音楽と映像のグループの一員として新生サテンドールをスタートする所存です。

井上オーナーが亡くなられたことは聞いていたが、いよいよ経営母体も変わるのか、と、ちょっと感慨深い。

サテンドールには大学生の頃から通い始めたので、もう40年もの付き合いになる。1974年に神戸で開店し、その後東京に移ってきた。私が通い始めたころは六本木の俳優座ビル裏手に入り口のある頃。前田憲男とウインドブレーカーズ、タイムファイブなどの演奏を楽しみにしていた。しばらく経ってお知らせのはがきが来て、「もつ鍋元気」という店に変わると書いてありびっくり!

残念と思っていたら、2年くらいしてビルを変えて新生サテンドールを再開とのお知らせ。数えるほどしか行かなくなったけど、毎月送られてくるライブスケジュールのお知らせを受け取るたびに、また聴きに行こう、と思うことだけでも心の潤いになっていたと思う。

昨年、また新しいお店に移ったと連絡があったと思ったら井上オーナーが亡くなられたと。それで、今日の経営移管のお知らせを受け取ったということだ。

渡辺香津美や寺井尚子など、魅力的なプレーヤーが出演し、リーズナブルにおいしい料理が楽しめるお店として、これからも付き合いたいと思っている。

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2018-01-06

初の国立劇場

歌舞伎を見てきた。初の国立劇場だ。

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平成30年初春歌舞伎公演「通し狂言 世界花小栗判官(せかいのはなおぐりはんがん)」

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最寄駅は半蔵門だけど、今日は永田町から向かった。すると国立劇場の裏門に到達。首都高の下をくぐる。

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裏口には国立演芸場があり、横を通り抜けていく。

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こちらが正面玄関。内堀通りに面している。最高裁判所の隣だ。

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ネットで予約していたチケットを券売機で受け取る。

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今日の公演は「通し狂言」ということで、小栗判官に関するストーリーを4幕10場に分けて通しで演じられる。昼の12時から始まり終演は16時10分の予定。

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国立劇場のエントランスホール。正月ということもありとても華やかだ。1階から3階まで吹き抜けになっている。たくさんの休憩ベンチや休憩所、広い食堂、売店などがあり、たくさんの人が開演までの時間を過ごしている。

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正月ということで、開演前に獅子舞が演じられていた。

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席は2階の前方で、舞台が間近に見渡せ、花道も正面。

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恥ずかしながら歌舞伎のことはほとんど知識がないので、「通し狂言」とか「小栗判官」とか「尾上菊五郎」とか、名前を聞いたことがあるという程度。開演前と休憩時間ににわか仕込みでプログラムの解説を詰め込んだ。

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「新春」にふさわしく、見せ場の多い演出になっていたと思う。(普通の歌舞伎がどういうものかしらないので想像だけど)

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小栗判官の曲馬乗りシーン、江の島沖に馬の乗りこむシーン、多くの追手と繰り広げるアクロバティックな立ち回りシーン、離れ離れになっていた判官と照手姫の邂逅がもたらす母娘の悲劇。あっという間の4時間だった。

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普段はコンサートばかり観ているけど、伝統芸能もいいものだ。

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終演後には正面玄関前に都バスが勢ぞろいしていた。新宿、渋谷、東京、新橋の各駅に直行するそうだ。

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私たち夫婦は歩いて神保町まで向かうことにする。途中、イギリス大使館前や千鳥ヶ淵を通り抜けて九段下から神保町へ。からだも冷えてきたのであたためようということになり、中国料理店へ。

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麻婆麺をいただいた。山椒がピリリと効いている麻婆豆腐と麺が鉄鍋の中でジュージューと音を立てている。卵の黄身が落としてある。フーフー言いながら食べた。

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2018-01-04

神田明神を初詣

冬の東京はカラッと晴れ上がる日が続く。今日4日もいいお天気だ。
初詣に神田明神に行ってきた。

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都営三田線を水道橋駅で下車、ここから歩いていくことにする。地上に出ると目の前には後楽園の施設が広がる。

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お茶の水坂を神田川沿いに上っていくと御茶ノ水駅に到着。聖橋を過ぎると神田明神がある。10時半頃到着したが、境内から行列が通行止めになっている本郷通りの湯島聖堂前交差点まで続いていた。

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本郷通りに面した鳥居をのろのろと通過。左にあるのが有名な甘酒を売っているお店。

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真っ赤な隨神門。

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40分ほどかけて本殿に到着した。無事お参り。

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かなり以前にも買ったことがあるが、久しぶりに「IT情報安全祈願」を買った。最近プログラミングがテーマになってきているので、お守りとする。

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お参りの後は近くのうどん店「竹や」へ。

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「かき味噌うどん」

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聖橋に戻り神田川の上に現れた御茶ノ水駅改良工事の現場を見下ろした。御茶ノ水駅の周囲は大学病院が集まっているけど、駅にはエレベーターはおろかエスカレーターも設置されていない。もともとホームが狭かったし、全面的に改良するには大掛かりな工事が必要で、それが始まったということらしい。

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聖橋の向こうに新しくできたソラシティを通過。広場を中心にカフェなどが集まっている。

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淡路町の交差点から靖国通りを神保町まで20分ほど歩く。途中にある神田達磨でたい焼きを購入。甘さ控えめの粒あんがおいしい。

この後、書泉グランデの向かい側の喫茶店「神田伯剌西爾(ぶらじる)」でコーヒータイムをとった後帰宅。天気がいいと気持ちが晴れやかになる。

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2018-01-03

ニューイヤーコンサート in 東京文化会館

 3日には新幹線で上京(カミさんから見ると帰京)。午後、上野文化会館でニューイヤーコンサートを聴いた。

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正式には東京文化会館《響きの森》vol.41「ニューイヤーコンサート2018」。

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文化会館はずいぶん久しぶり。いつも聴いている都響のホームグラウンドだ。

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この日も演奏は都響。指揮は藤岡幸夫。BSジャパンの「エンター・ザ・ミュージック」ですっかりおなじみの指揮者。

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指揮:藤岡幸夫
ヴァイオリン:神尾真由子
管弦楽:東京都交響楽団
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ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「南国のバラ」Op.388
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
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ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲『展覧会の絵』
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(アンコール)
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ポルカ『観光列車』
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大晦日の東急ジルベスターコンサートのカウントダウン曲は「展覧会の絵」だったし、元日のウイーンフィル・ニューイヤーコンサートでのバレエ曲は「南国のバラ」で、両方とも記憶に新しく、親しみがわいた。

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今日の座席は前から4列目の右側ということで目の前にコントラバスがずらっと並んでいた。サントリーホールで聴く都響は後方の席のせいか、響きがとてもミックスされてマイルドな印象があったけど、前で聴くと、各楽器の音がくっきりと聞こえて面白かった。あと、奏者の息づかいや譜めくりの音もはっきり聞こえて臨場感が半端ない。
コントラバスが目の前にいたせいか、頻繁なミュートの付け外しや、大きな弓使いなど面白かった。

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3時から始まった公演、終わって外に出るともう夕暮れだった。

この日もらったチラシの中に二期会のローエングリンを見つけた。同じく文化会館で行われる。初めての生ワーグナーを体験しようとチケットを購入した。(安い席だけど)

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2018-01-02

【新潟県道の駅巡り】No.6 みかわ~阿賀の里

正月の2日、空模様も明るくなってきたので道の駅巡りに出かけた。今日は新潟と会津を結ぶ国道49号線方面。

■みかわ

阿賀町の阿賀野川沿いにある道の駅。2日はあいにくお休みだった。

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ということで、「巨木の里」の別名の由来である、近くの将軍杉を見てきた。国道から少し山を登って行ったところにある。

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樹齢1400年というから奈良時代より前、古墳時代の頃ということか。本当に巨大でびっくりした。幹の周囲は20メートル弱、樹高40メートルということで日本一の巨木だそうだ。

■阿賀の里

みかわから少し阿賀野川を下流に下ると結構規模の大きな道の駅「阿賀の里」がある。

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建物は2つあり、売店の「じぱんぐ」、魚市場の「魚匠」。そして、阿賀野川船下りの拠点でもある。

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魚市場のほうでいくつか買い物をした。

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そして2階にあるレストランで鍋焼きうどんの昼食。

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阿賀の里駐車場の片隅に立派な除雪車が駐車していた。この駐車場専用の除雪車なのだろう。ふだん、じっくりと見る機会がないからと妻がここぞとばかり念入りに観察していた。働くくるまは魅力的だ。

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